酒米「山田錦」の生産農家と、熱き蔵人。鷹ノ目に携わるプロフェッショナルたち
うまさのみを追求する「鷹ノ目」。その酒米は、山口県周南市にある標高350メートルの山間部で、地元農家によって栽培されています。
▲酒米農家の林俊一氏
「ここは空気が澄んでいて、気温も市街地と比べると5度くらいは低い。冬場は腰あたりまで雪が積もります。この寒暖差が、うまい米づくりには欠かせないんです。」
酒米の王とも呼ばれる山田錦を、1.5ヘクタールで栽培する林俊一氏はそう話します。
「田んぼには、このあたりで清流と呼ばれる錦川の水を引き、肥料には菜種油かすを使っています。甘みのある、いい酒米に育つんですよ」
透明な光と風、汚れのない土と水によって育まれた山田錦。この酒米を醸すのは、同じく周南市で200年以上続く酒蔵、はつもみぢの蔵人たちです。
大切なのは「寄り添い、声を掛けること」
「鷹ノ目」の特徴は、パイナップルのような甘さと、芳醇な香り。
「この際立つ個性をブレなく平均的に生み出していくのは、本当に難しい。」そう話すのは、製造責任者の阿部美恵さん。
「だからこそ、造り手としてのやり甲斐も大きいんです」
阿部さんには、酒造りにおいて大切にしていることが二つあるそうです。
一つは道具・場・身体のすべてを清潔に保つこと。もう一つは、酵母に思いを寄せること。
「酒造りの過程で人間にできることは、ほんのわずか。そこは一切妥協せずに完璧にやり切ります。それ以外の大半は酵母に頑張ってもらうしかない。人間は、寄り添うことしかできないんです」
だからこそ、「よく声を掛ける」とも。
▲酒質を左右する重要な麹造り。麹室(こうじむろ)に静けさと緊張感が漂う
「頑張れ、頑張れって、いつも酵母に語りかけます。なんか元気がないなと感じたら、『大丈夫?』と。細かく気に掛けてあげないと、翌日に急に調子が悪くなることも。生き物ですからね。本当に子育てと同じだと思っています」
「辞めるんやったら、頭はってみいや」
「美味しさ」を一心に追求し続ける阿部さんですが、ここに至るまでにはちょっとしたドラマがありました。
製造を任される直前まで、会社を辞めることを考えていたのです。
「うちの代表銘柄『原田』を初めて飲んだときの感動が忘れられず、自分でもあの味をつくれるようになりたいとずっと思って頑張っていました。でも、入社して4年くらいたったころ、味の方向性がちょっと違うなと感じ始めたんです。これじゃないと」
苦しい胸の内を伝えると、原田康宏社長から帰ってきたのは予想外の言葉でした。
「辞めるんやったら、最後に頭はってみいや」
それは、「自分が思うような酒を造ってみろ」という意味。
とっさに「いいんですか!?」と応えたものの、正直、自信はなかったと明かします。
行き詰まり、涙が出ることも。「それでも、感動するお酒を造りたい」
不安と戦いながら「頭」をはり続けて2年。
阿部さんと蔵人たちの弛まない努力が報われ、「鷹ノ目」をはじめ、同社の銘柄も着実にファンを増やしつつあります。
その実力は、山口県の日本酒鑑評会でも優等賞に選ばれるほど。それでも、いまも思ったようにいかないことのほうが多いとも。
「どうしても味がぶれてしまうことがあって。どうやったら安定するのか分からなくて……。そんなときには涙が出ますね」
ただ、どんなに壁が高くても乗り越えていけるのは、やはり「お客さんのおかげ」と話します。
「イベントなどで召し上がって戴いて、直接『美味しいね、お代わり』とか言われると、もう本当に嬉しい。そんな瞬間に支えられています。これからも壁にぶつかりながら、みんなで力を合わせて深い感動を味わえるお酒を造り続けていきます」
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text: Takashi Omura
photo: Kenzou
structure: Sachika Nagakane