居心地のいい空間で、極上の料理と美酒を心ゆくまで。一宇 店主・濱野紘一

居心地のいい空間で、極上の料理と美酒を心ゆくまで。一宇 店主・濱野紘一

パートナーや気のおけない友人、お世話になった方や仕事の得意先との会食の機会が、ようやく以前のように戻ってきた感のある今年の年末。

 四季折々の食材を滋味深く仕上げた絶品料理と、美酒とともにある楽しい語らいには、気持ちがほどけてくるような居心地のいいい空間がなによりも欠かせない。

 数々の名店が軒を並べる東京・神楽坂に昨年店を構え、卓越した日本料理と鮨で評判を集める『一宇(いちう)』の店主・濱野紘一さんに、最上級のもてなしの極意をうかがった。

 

▲濱野紘一/『一宇』店主
1985年、静岡県生まれ。調理師専門学校を卒業後、東京の『赤坂 菊乃井』と『銀座 小十』で日本料理を6年、熊本の『鮨 仙八』で7年ほど鮨の研鑽を積む。2022年2月に東京・神楽坂に『一宇』をオープン。

 

同じ屋根の下で心地よく楽しんでいただけるように

江戸時代に花街として栄えた情緒を残しつつも、洒落たレストランやギャラリーが軒を連ね、洗練された雰囲気が漂う神楽坂エリア。メインの通りから一本脇に入り、ゆるい坂を上がって一息ついた角にある『一宇』は、三角屋根を模してカットされた縄のれんに杉皮の引き戸、その上に鎮座する瓦のロゴの表札が店の目印だ。店主のこだわりが投影されたであろう粋な誂えに、入店前から大いに胸が躍る。


「神楽坂に店を構えたのは、和の雰囲気というか、古い日本の面影が残っている町並みが好きだったからです。この地に店を構えるのであれば、道に面している店というのが自分の中での絶対条件で、周りからはさんざん『物件はないよ』と言われましたけれど、何度か通って歩いて回っているうちにこの場所に出会いました。天井にあるコンクリートの大きな梁でおわかりかと思いますが、もとはガレージだった場所です。当初、飲食店には貸していただけないと大家さんに言われましたが、自分の中でこの店のイメージがこの立地で出来上がっていたこともあり、ひたすらお願いにお願いを重ねて貸していただけることになりました」

店名の『一宇』は、“ひとつ屋根の下”という意味だ。戦前に使われたスローガンの一部となっているため誤解されがちな言葉ではあるが「元の意味はとてもいいものなんです」と濱野氏。店の天井や暖簾の形を屋根のようなシルエットにしているのも、ひとつの屋根のもとでお客様をもてなしたいという意味が込められているという。数寄屋造りをベースにした店内の誂えも、濱野氏の思い入れのあるアイディアを、若い設計担当者がすべて形にしてくれたもの。器や小物など隅々にまで反映された店主のこだわりが、柔らかな光と洗練された空気感の中に息づき、居心地のいい上質な和空間を生み出している。

▲エントランスには、濱野氏の趣味でもある骨董店巡りで見つけたという、招き猫ならぬ「招きブル」が鎮座。奥と正面に掲げられた絵画は、濱野氏の料理ともてなしに感激したイタリア人の芸術家が、数カ月後に再訪した折にプレゼントしてくれたもの。タイトルは「東京ブラック/レッドカオス」。

 

 

▲店主と檜のカウンターを挟んで、向かい合う席は8つ。家族がひとつ屋根の下に集うような暖かなもてなしに加え、有名店で磨かれた腕から繰り出される絶品の日本料理と鮨、さらに『鷹ノ目』をはじめとする銘酒の数々が、感動の美食体験に彩りを添える。



日本料理と鮨のコンビネーションに、一宇らしい遊び心を加えたい


もともとはプロ格闘家を目指して上京し、バイトでお世話になった店主の勧めで料理の道へ進んだという濱野氏。調理の専門学校を卒業後は、『赤坂 菊乃井』『銀座 小十』といった東京でもトップクラスの名店で修行を積んだ。各店で3年ずつ腕を磨いたのち、普段から好きで食べ歩いていた鮨にも興味が湧き、知人の紹介で熊本の名店『鮨 仙八』へ。調理の方法ごとに担当が分かれる日本料理と違い、親方と二人三脚で仕入れから仕込み、果ては店の切り盛りまでを担当する日々は、濱野氏に大きな気づきをもたらしたという。

「日本料理の繊細な仕事が好きではありましたけれど、鮨ならではのシンプルさと美味しさにもすごく興味が出てきたんです。料理の修行に関してはどの場所でやっても同じだという意識があったので、東京から熊本へ行くことに躊躇することはありませんでした。鮨はシンプルだからこそ、魚に対する仕事が細かいというか、塩の当て方にしても日本料理とは全く違います。例えば鯛が3本あるとしたら、日本料理では全てに同じ塩の打ち方をしますが、鮨ではそれぞれの状態を見極め、塩の打ち方と時間を各々で変えるいうことも多々あります。魚を専門にするということは、ここまで深くするものなのだと深く感銘を受けました。加えて、熊本と東京では水揚げされて店に魚が入るまでの時間が一日ほど早いので、東京の感覚で魚に塩を打っても新鮮すぎて弾くのも驚きでした。素材の状態を見てから仕事をすることを身につけられたのは、熊本での経験がかなり大きいですね」

日本料理と鮨、一見同じように見えても全くアプローチの異なる料理の仕事術は、それぞれの魅力を最大限に活かしたコースを組み立てるベースにもなり、他にはなかなかない独自のスタイルにつながっていくのだと濱野氏は続ける。「定番の技法ではありますけれど、そこに一宇らしいひねりだったり、遊び心なりを加えたような料理が面白いし、新たな美味しさを生むのかなと思っています」。


▲料理の内容は約一ヶ月で変え、握りはその日の魚の仕入れで最もいいものをおまかせで。「品数は多いほうだと思いますが、それもまだ決めきれてなくて。まだ探り探りではあるんです」。


▲『鷹ノ目 火入れ』とペアリングしたのは「3種のブドウの白和え」。シャインマスカット、ナガノパープル、クイーンルージュの3種のブドウに砕いたクルミを加え、豆腐とゴルゴンゾーラチーズで白和えにし、発酵ザクロで赤味を添えている。豆腐のなめらかな質感に潜むゴルゴンゾーラのピリッとした辛味がアクセントとなり、ブドウの甘みに奥行きを加味している印象的な一品だ。


さらに工夫を重ねて研鑽し、さまざなことに挑戦していきたい

『一宇』では、珠玉の日本料理と江戸前鮨がおまかせのコース仕立てで供される。料理が7〜8品、その後に握りが7貫ほど、〆に炊き込みご飯、デザートと続く。飲み物は『鷹ノ目』をはじめとする数十種の銘酒が揃い、好みや料理によって濱野氏自身がおすすめするスタイルだ。10月に新たに発売した『鷹ノ目 火入れ』もさっそく試飲してもらい、その印象のほどをうかがった。

「定番の『鷹ノ目』は、パイナップルのようなフルーティな香りやワイングラスで飲むからこそ際立つ独自の風味が、他の日本酒とは一線を画す日本酒です。『鷹ノ目 火入れ』は、それよりもピチピチ感が増しているような、口の中でふわっと丸く広がっていくような感じというか。それはやはり、火入れされているからこそなのでしょう。これは定番も火入れも同じですが、『鷹ノ目』は最初に口に含んだ瞬間に口の中で丸くぱーっと広がりながらも、突出した味わいというよりは、均一にふわっと様々な香味が広がっていくイメージがあります。いい意味でフラットで、どんな料理の味わいも受け止めてくれる。ペアリングする料理を豆腐の白和えにしたのも、同じように様々な風味を受け止めてくれる食材だからです。ゴルゴンゾーラチーズを入れていますが、そこまで強さを感じないのも豆腐の懐の深さゆえ。くまなく受け止める感じも『鷹ノ目 火入れ』と合うと思いました。まあ、難しい話はなしに、単純に『合う』ということなんですけれど(笑)」。

ゆくゆくは、料理と酒のペアリングの提案などにも挑戦してみたい、と濱野氏。今後さらに料理の腕を磨くことはもちろん、海外のシェフと交流するなど、新しいことにもトライしていきたいと、将来を見据えた展望も心に秘める。店主元来の探究心が大いに発揮されるであろう『一宇』のこれからの進化に、大いに期待したいところだ。



▲最近、ヨーロッパからの来訪客が多かったこともあり、欧州近辺を訪れてみたくなったという。「ずっと修行ばかりしていたので、なかなか長期休暇が取れなかったんです。探究心はかなりあるほうなので、これからは積極的に旅に出ようかなと。ヨーロッパならいろんな国に行きやすいですしね」。



▲店で用いる器は、福岡県うきは市で「日月窯」を営む陶芸家・福村龍太さんの作品が多い。繊細な銀彩が美しい半磁器は、経年変化も楽しめ、目にも麗しい。



レストランインフォメーション

『一宇』
住所:東京都新宿区神楽坂2−22
営業時間:18時/20時45分 2スタート制
定休日:不定休
TEL:03-6280-7047
Instagram: @i.chi.u

 



TAKANOME 火入れ





「既成概念にとらわれない、うまさのみの追求」を掲げる『鷹ノ目』から、日本文化の美意識と世界の料理とのさらなる共鳴を目指した新商品『鷹ノ目 火入れ』が新発売。

フルーティな香味・風味や繊細なテクスチャーはそのままに、火入れによりさらにコクのある魅惑的な味わいが実現。和洋中を問わず、様々な料理との相性が際立つうまさに仕上がった渾身の一本を、ぜひ味わってほしい。

特設ページはこちら


Text:Satoko Hatakeyama
Photos:Tetsuya Toyoda
Composition:Sachika Nagakane

 

 

 

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