江戸前鮨と日本酒の至高のマリアージュを探り続ける、『鮨m』ソムリエ・木村好伸

江戸前鮨と日本酒の至高のマリアージュを探り続ける、『鮨m』ソムリエ・木村好伸

東京・青山に店を構える『鮨m』は、ダブルカウンターを設えた劇場型のプレゼンテーションと、江戸前鮨と日本酒・ワインとの絶妙なマリアージュで、唯一無二の魅力を放つ人気店だ。豊富な知識と経験から編み出された知見で、ソムリエとして手腕をふるう木村好伸氏が語る、ペアリングの極意、そして日本酒の可能性とは。

 

▲木村好伸/『鮨m』ソムリエ 大学卒業後、商社勤務を経て渡米。ジョンソン&ウェールズ大学でレストランマネジメントを学んだ後、ニューヨークでソムリエに。帰国後、『NARISAWA』で10年間ヘッドソムリエを務め、独立。2019年に『鮨m』をオープン。

 

日本の美の真髄を、小文字の“m”になぞらえて

表参道の喧騒から離れた閑静な場所に佇み、南側に開いた窓から根津美術館の青々とした緑を望む『鮨m』。黒を貴重としたシックな店内には、檜の白木をL字に設えたメインカウンターと、その奥には一段高いソムリエ用のカウンターを配置。ダブルカウンターで客を迎えるユニークな設えが特徴的だ。

「もともと鮨が大好きで、休みの日にはボトルを持ち込んで鮨屋に通っていたほど。そうしているうちに、江戸前の鮨と日本酒やワインのペアリングは日本人にしかできないことでもあり、ソムリエとしての自分の強みを活かして、東京で発信していくのも面白いんじゃないかと考えたのが、この店を始めるきっかけです」

スタイリッシュなスーツに身を包み、店のオープンまでの経緯を落ち着いた声色で語ってくれた木村氏。アメリカ・ロードアイランド州の大学で経営学を学び、卒業後はニューヨークのレストランでソムリエとしてキャリアをスタート。帰国後はイノベーティブフレンチの雄でもある東京・南青山の名店『NARISAWA』で10年間にわたりヘッド・ソムリエとして活躍し、2019年に独立し『鮨m』を始動。食への飽くなき探求心と、数多く積み重ねた経験と知見から編み出される木村氏のペアリングコースは、その緻密な組み立て方にダイレクトに現れている。

「お客様にお出しする鮨と料理は、親方と料理人におまかせしています。その日の仕入れで決めたベストな順番をドリンクから変えたくはないので、鮨のコースが決まった段階で当て込んでいきます。僕のペアリングの基準は“抑揚”をつけること。実は鮨や料理のひとつひとつにドリンクを合わせるのは比較的簡単なんです。ただ、コースですから始めから終わりまでの流れがありますし、そこに味の抑揚がないと単調になってしまうんです。例えば、マッサージ店で肩だけ揉まれ続けると気持ち悪くなりますが、全身をバランスよく揉まれると、いつのまにか気持ちよくなって寝てしまう。それと同じように、ドリンクの流れで抑揚を添えることで、お客様の舌全体の感覚をほどよく刺激できればと思っているんです」

一杯目のドリンクがリンゴ酸がメインであれば、次はその酸を刺激しないような異なるアプローチで乳酸を持ってくる。料理とドリンクのマリアージュを酸味のレベルまで分解し、論理的な分析でより高い旨味にまで持っていこうとするその姿勢は、ストイックな求道者のようにもみえる。

「料理なしでドリンクだけを飲んだときに、一杯目の余韻を残しながらも、次を飲んだ時にその余韻がまたさらに伸びて続いていくような…ひとつひとつが異なる味で途切れるのではなく、なめらかな曲線で旨味が続いていくようなイメージです。日本の美の真髄は曲線にあると聞いたことがあります。『鮨m』の“m”を小文字にしているのは、マリアージュの“m”でもありますが、しなやかな曲線を表してもいるんです」

 

▲ソムリエとして輝かしいキャリアを持つ木村氏。『鷹ノ目』をグラスにサーブする所作も際立って美しい。

 

▲店の奥に掲げられた店名の書。マリアージュと余韻の曲線を表す“m”が、威風堂々とした存在感を放つ。

 

食の新たな可能性にも果敢に挑戦していきたい

木村氏の熱量は、ペアリングの組み立てだけにはおさまらない。12席が並ぶメインカウンターの奥にソムリエカウンターを設置し、ドリンクを前からサーブする形態にしたのも、客の表情や味わい方に細かく目配りできるようにするためのもの。加えて、ソムリエカウンターに並ぶ酒器にも徹底的こだわっており、なかには自身でデザインし、わざわざ窯元まで出向き作ってもらったものもあるというから驚きだ。

「日本酒は器によって香りの広がり方が違ってきます。究極の酒器は盃だと思っていますが、それですべてをお出しするのはなかなか難しいので、様々な形状のものを揃えています。濁り酒は呑み口が細いと旨味を感じる舌のスペースが狭くなるので、自分でデザインして波佐見の若い作家さんにお願いしてオリジナルの酒器を焼いてもらいました。ワインはほとんどがグラスですが、作家さんが作った酒器は個々の形状が異なったりするので、目で見ても楽しめます。特に海外のお客様には、そういうところも喜んでいただけますね。あとこれは『NARISAWA』で学んだことでもありますが、お酒の好みにはお国柄がよく出ます。ヨーロッパの方は香りを、中国の方は旨味や甘味を重視なさる傾向が強いんです。なので、最初はニュートラルな日本酒をお出しして、お客様の反応を見て、次はこれかなと臨機応変に変えていくこともよくあります」

▲木村氏がデザインした濁り酒用の酒器は、右から一番目と二番目のもの。足の部分が折れやすいため、製作には苦労したという。他にも廃材を使った木の器など、表情豊かな酒器がソムリエカウンターに並ぶ様は圧巻。

 加えて、昨今はさまざまなコラボレーションにも積極的にトライしている木村氏。2023年6月には、ポルトガルの3つのレストランと協業し、日本酒を含んだペアリングディナーを開催。さらに同年7月には、東京・清澄白河の『KOFFEE MAMEYA Kakeru』とともに「江戸前鮨とコーヒー」という異色のペアリングイベントを催すなど、常識にとらわれないさまざまな可能性を探っている。


「ソムリエとしての新たな表現を見出し、発信していかないと、なり手も含めて次に繋がらないような気がしています。レストランでワインを購入してリストを作り、お客様のお好みに合わせてお出しするだけじゃなく、現代のガストロノミーの場において、ソムリエという立場で何ができるか。そんななかでのコーヒーとのコラボレーションは、『KOFFEE MAMEYA Kakeru』さんで飲んだコーヒーで、味の概念がガラッと変わったことがきっかけです。なんとなくワインと似た感じの「枯れている」味がして、だったら鮨にも合うんじゃないかと直感で思いついたものです。ペアリングに際しては、ワインの酸味を分解し、それをコーヒーの酸味に合わせてみたら、意外と鮨に合いました。1+1が2ではなく3になったような。そのプラス1という部分は、相乗効果の新しさが生まれた部分なんだと思います。振り返れば、20年前に鮨とシャンパンを合わせるなんてありえないと言われていたものが、今ではシャンパンがないほうが非常識になっている。コーヒーの食中の飲み物としての可能性が広がり、食の楽しみ提案の幅も同時に広がったので、これはやってみて正解でした」

▲多いときは客席の8割が外国人ということも。サプライズとともに楽しむ日本独自の“OMAKASE”の文化が根付いてきているのでしょうと木村氏。

 

温度を駆使して、最高のマリアージュを探る

 そんな木村氏は、直感的なうまみだけを追求し磨き上げてきた『鷹ノ目』を、どうとらえているのだろう。改めてテイスティングしてもらい、鮨とのペアリングを提案していただいた。

「香りがエキゾチック、というのが率直な印象ですね。日本酒の甘い香りはピーチや杏に例えられることが多いですが、『鷹ノ目』は何かそそられるような、思わず鼻が吸い込まれるような香りが特徴的です。ノスタルジックな香りもしながら、口に含んだ時に、また違う香りが出てくるようなワクワクする期待感もある。日本酒はワインのようにスワリングはしないものですが、これはスワリングすることで複雑な香りが立ってきますね。お料理と合わせる以前に、単体で飲みたくなります。お酒は温度を変えることで液体の輪郭が変わり、喉越しも変わりるので、うちは0度からマイナス15度まで温度管理ができるようにしてあります。『鷹ノ目』は、フルーツ、花、ハーブのほかに、伽羅の香りも出てきそうなポテンシャルを感じます。上品な伽羅の香りを出すための、温度の探り方をしてみたくなります」

 そんな『鷹ノ目』に合う鮨ということで提案していただいたのが、江戸前鮨の王道であるマグロとコハダ。握りや酢〆といった江戸前の文化や伝統を体現した鮨に、革新をコンセプトにした日本酒を合わせることが面白いんです、と木村氏は続ける。

「『鷹ノ目』が一本あれば、コハダを〆て二日目にはこの温度、三日目にはこの温度というように、酸の度合いで口に残る味の変化をマニアックに楽しむようなことをしてみたいです。マグロはサシの具合や季節での食味の差が大きいので日本酒に合わせるのが難しいネタです。普段もマグロだけは自分で食べて、日本酒を飲んでみて味を確認するほどです。『鷹ノ目』は温度を探って伽羅の香りが出たら、醤油のヅケとか中トロで合わせてみたくなりますね。日本酒にいい輪郭を浮かび上がらせ、さらに美味しくすることが、私のテーマでもありますから」

▲江戸前鮨に欠かせないコハダ。カウンターでは、親方である橋本純也氏の美しい手さばきを眺められるのも眼福の一つ。

 

▲マグロは夏と冬、さらに大トロや中トロ、赤みなど、どの部位を選ぶかによって、合わせる日本酒も全く異なってくるという。

 

▲海外ではまだまだ日本酒の楽しみ方を知らない方が多いので、日本の食材やハーブを取り入れた日本酒のカクテルなどでファンを増やしていきたい、とも語る。

 

「うちで提供させていただく日本酒は限定のものやレアな銘柄が多いですが、鮨とのペアリングで日本酒を好きになっていただいたお客様が、その後、酒店やコンビニなどで日本酒のボトルを手にとっていただくまでが、我々の仕事だと思っています。お酒を飲む全体量は変わらないので、今までビールやワイン派だった方を『今日は日本酒の気分だな』と日本酒好きにするような。日本酒の消費拡大に貢献までとはいかなくても、そういう行動変化の一助になっているのだとしたら、ソムリエとしての仕事冥利に尽きますよね」

 

鮨m

住所:東京都港区南青山4−24−8 アットホームスクエア2F
営業時間:LUNCH 12:00〜、DINNER 17:00〜20:00(L.O.)
定休日:月曜日/日曜日(月2回)
TEL:03−6803−8436
HP:https://www.sushi-m.com
Instagram:@sushimtokyo

 

TAKANOME

F1のレーシングカーを作るとき、コストを考えながら車を作ったりはしない。とにかく速さのみを求めてその時代の最高の車を作る。TAKANOME(鷹ノ目)の開発もいわばレーシングカーを作るかのようにとにかく「うまさ」のみを追求するとの信念のもと、幾度にも及ぶ試行錯誤の上で完成した、極上の日本酒。



<販売日>米作りからラベル貼りまで、全て「手作業」によって造っているため、生産量が限られています。ご迷惑をお掛けしますが、週に1度のみ(毎週水曜21時〜)数量限定で販売いたします。

飲む前に知って欲しい、鷹ノ目開発ストーリーはこちら
鷹ノ目の購入はこちら

 

Text: Satoko Hatakeyama
Photo: Masaru Miura
Structure: Sachika Nagakane

 

 

 

 

 

 

関連記事

夢幻の世界にいざなう無二の舞台芸術、能に生きる能楽師・武田宗典
夢幻の世界にいざなう無二の舞台芸術、能に生きる能楽師・武田宗典
世界最古の舞台芸術「能」。その歴史は、今からおよそ650年前に遡り、かの観阿弥・世阿弥親子が作り上げた歌舞劇がもとになっている。その能の舞台に幼いころから立ち、国内外で公演を続けるのが能楽師・武田宗典氏だ。   今回、TAKANOME...
日本人の色彩感覚を、世界へ。染織を通して次世代に伝えたいこと/染織思想家・志村昌司
日本人の色彩感覚を、世界へ。染織を通して次世代に伝えたいこと/染織思想家・志村昌司
私たちが普段目にしている「色」は、日本の外から見るとこんなにも特別なものだったのか。志村昌司氏の視点であたりを見回してみると、身近にある「色」というものが、途端に尊く感じられるようになる。日本特有の「色彩世界」。それは、デジタル化が進...
纏いを突き詰める パリ・オートクチュール・ファッションウィーク唯一の日本人ファッションデザイナー・中里唯馬
纏いを突き詰める パリ・オートクチュール・ファッションウィーク唯一の日本人ファッションデザイナー・中里唯馬
  2017年6月、パリ・オートクチュール・ファッションウィーク公式ゲストデザイナーのひとりに選ばれ、コレクションを発表した中里唯馬氏。 それは、日本人として史上2人目、森英恵氏以来12年ぶりの快挙だった。現在も、コレクションを発表し...
日本酒の魅力に突き動かされ、日本文化を世界へ伝う 和酒コーディネーター あおい有紀
日本酒の魅力に突き動かされ、日本文化を世界へ伝う 和酒コーディネーター あおい有紀
日本酒とのかかわり方はさまざまあるが、忘れてはならないのが、飲み手と造り手をつなぐ『伝え手』の存在だ。伝え手を通して、日本酒について知ることで、また味わいが深まり、日本酒をもっと好きになる。 そんな、日本酒を語る伝え手の立場から、企業...