夢幻の世界にいざなう無二の舞台芸術、能に生きる能楽師・武田宗典

夢幻の世界にいざなう無二の舞台芸術、能に生きる能楽師・武田宗典

世界最古の舞台芸術「能」。その歴史は、今からおよそ650年前に遡り、かの観阿弥・世阿弥親子が作り上げた歌舞劇がもとになっている。その能の舞台に幼いころから立ち、国内外で公演を続けるのが能楽師・武田宗典氏だ。

 

今回、TAKANOME MAGAZINEでは、武田氏の話を通じて能の魅力に迫っていきたいと思う。

武田宗典
観世流シテ方能楽師。重要無形文化財総合指定保持者。父及び二十六世観世宗家・観世清和に師事。211ヶ月で「鞍馬天狗」花見にて初舞台。現在は年間100公演ほどの舞台を勤め、うち5番ほどのシテ(主役)を勤める。

650年もの間人に癒しと喜びを与え続ける舞台

そもそも能とは、笛や太鼓を演奏するお囃子(はやし)方、コーラスの役割をする地謡に合わせて登場人物たちが謡と呼ばれる歌と、舞で物語を表現するものだ。

「オペラやミュージカルをイメージしていただくとわかりやすいですね。ただ、能面をつけるという点がほかにはない、大きな特徴です」

原点は神様に奉納するための芸能だったといい、神様あるいは鬼などの役を演じる際に能面を用いるようになった。

 

 

江戸時代までは武士の間では能を見たり演じたりするのが当たり前になっており、豊臣秀吉に至っては自分で能を作って演じることもあったという。

明治に入り、一般にも広く見られるようになり、現在は多くの場所に能楽堂がある。

「大小含めて東京近郊には確実に10か所以上あるのではないかと思います。能楽堂のあるレストランやホテルもあり、ワークショップなどもあるので、イベントとして気軽に参加していただきたいですね」

そんな能は、観る者にとって思わぬ効果があるのだという。

「能は観る方たちの心身を癒すんです。世阿弥が『寿福増長の基、遐齢延年の法なるべし』という言葉を残していますが、人の心身を和らげ、寿命を伸ばす効果があると言っているんですね。

能を見ると眠くなる方は多いと思います。科学的に言えばα波が出ているとも言われていますが、自然の声と、自然の素材を使った装束で、舞台上の楽器もすべて自然の素材なんです。デジタルに囲まれた今の世の中で、日常を忘れて、自然の心地良さに包まれるからだと思います。

それは決して悪いことではありません。そんなふうに心が緩んでしまうことも、逆に能を観たことで勘が冴えて夜眠れなくなるという人もいるんですよ」

そんなふうに観る方の心身の状態に合わせた作用をするのが能なのではないか、とも。

日本人のたしなみとして、これから能に触れてみたいという人も多いだろう。

観る際にはどのように楽しむのが良いのだろうか。

「初めてご覧になる方で、わからないから寝ちゃうんじゃないかと不安になる方がいらっしゃいますが、考えすぎずにすべてを一旦リセットしてリラックスしてご覧になってほしいですね。

理解しようと思うとプレッシャーから苦痛になってしまうので、そういった思いは取り払って、ゆったり椅子に腰かけて、どうせわからないだろうなぐらいの気持ちでいれば、自然と伝わるものがあるはずです」

 

試行錯誤しながら行う稽古は充実した時間

現在は、年間100回ほどの舞台に立つという武田氏が初舞台を踏んだのは211ヶ月のとき。

そこから、能の子役である子方としての日々がはじまった。

「子どもの頃の役は、長い時間舞台上に立膝でじっと座っていなければいけないものも多いんです。それは大変といえば大変でしたが、終わった後にご褒美をもらえる。それが嬉しくて」

そこから、子どもながら少しずつ能の舞台を楽しむようになっていったのだという。

「小学校の高学年ぐらいになってくると、お話の筋がだんだんわかるようになってくるんです。活躍する役であれば、物語そのものを楽しむということが、子どもなりにあったなって今思うと、そんな気がしますね」

父親から手取り足取り動きを教わり、謡もひたすらに真似をしながら舞台に立っていたというが、中学生頃には、自分自身で稽古をするようになる。

観世流の場合、現行曲は210番ほどあるが、本番に向けては本を見ながら謡い、自分一人で練習することが通常なのだそうだ。師匠に直接教わることも、公演までに一度あるかどうかだという。

ただ、やはり文字だけではわからない部分もある。その場合は能楽師同士で、「過去の人はこういうふうに演じていたよ」、という伝聞の積み重ねである程度の情報を共有するが、そのうえでまた稽古は自分一人で行う。

そう知ると、大変な苦労があるのではないかと考えてしまうが、

「どうでしょう。私にとっては日課みたいなものなので」と、さらり。

「稽古のなかで例えばひとつのセリフでも前は強く感情を出したけど、今度は引いてやってみようかな、と試したりするわけですよね。本来なら右から来るものを左からやるようなアプローチをして研究する時間というのは、充実しています」

 

 

一度きりの公演はジャズセッションさながら

他の演劇やミュージカルとの大きな違いとして武田氏が挙げるのは、上演の期間だ。

演劇などはひとつの演目を数日間から数カ月の間にわたり上演されることが多いが、能の公演はほとんどが一度きり。さらにリハーサルなども行われないことも多いというから驚きだ。

「『申し合わせ』という合わせ稽古みたいなものを、リハーサル代わりに行いますが、それも一度か二度、ないこともありますね。各自で稽古をした状態で当日に臨みます。最初にお囃子をどう演奏するかで流れが決まったり、あるいは主役の謡い方で変化したりします。

 

ガツっとぶつかり合って、その中でお互いのせめぎ合いを見せるという緊張感が求められているのかもしれません。落としどころが見えてしまうと、舞台上での緊迫が薄らぐような気がするんです」

それはまるで「ジャズセッションのようなもの」なのだという。

「上演時間も決まってないので、同じ演目で同じ演者でやったとしても、時間が伸び縮みすることは普通にあります。さらに演者が変われば全く違う印象になるんです」

 

自分を常に客観視する『離見の見』の心得

舞台上の空気を読みながら演じるため、常に客席からどう見られているかを意識するのが能楽師に求められることなのだそう。

「無我夢中になってはダメだというのはよく言われます。世阿弥の言葉に『離見の見』というのがありますが、どんなに激しい役、強い役であっても自分がどういう風に見えているのかを客観視しなければならないんです。

師匠からも、幕から出てから幕に戻ってくるまでを全部覚えておかなければダメだと言われています。お客様から役になりきっているように見えればいいわけで、我を忘れて没頭してしまうのは違うなと思います」

特にシテ(主役)をやる際にはお囃子やワキ(相手役)など周りを常に見て、全体の演出まで考えているのだそう。それができるのは、日ごろの稽古の成果だという。

「自分が稽古した通りのことをやろうと思えば、ある程度制御はできるんですけど、もし稽古不足だったら、焦ってしまって余計なことを考えてしまうかもしれません」

 

常に目指すものがある喜び

能楽師として長年にわたり様々な経験を積んだ武田氏が、今感じている能の最大の魅力は何だろうか。

 20歳を過ぎたころに能を一生の仕事に選びました。その理由の1つが、常に目標があるということです。お芝居の世界では年を重ねてくると、演じられる役が限られてしまうこともありますが、能の場合は、ある年齢にならないとできない役があって。それがもう60歳とか70歳とかでもあるんですよね。私の父が今年75歳になりますが、それでも初めて挑む役があるんです。張り合いがあるのが、この仕事のすごくいいところですね。

その役をいただいたときに、自分が花開くことができるかは、日々の積み重ねで決まる。だからこそ、毎日の稽古が重要なんです」

今の自分が未来につながるからこそ、一つひとつ丁寧に真摯に取り組む。

武田氏が能にかける思いは深くてしなやか、そして強い。

「能が多くの方にとって、心身の癒しとして生活の中に自然と溶け込んでいくことになればいいなと思います。能にしかできない役割があると思っていて、それが多分、650年続いてきた理由だと思うんです」

 

お酒は種類にかかわらず好きです。TAKANOMEの噂も聞いてたのですが、本当においしいですね。

 

武田宗典之会

日時:2023625日(日)13時半開演(終演予定16時半)
会場:観世能楽堂(GINZA SIX 地下2)
主な演目:舞囃子「鶴亀」・狂言「萩大名」・仕舞「屋島」「船弁慶」・能「安宅 勧進帳 瀧流之伝」
チケットお申込み(プルダウンメニューで「武田宗典之会」をご選択ください)
武田宗典公式サイト

 

TAKANOME

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TAKANOME MAGAZINE

 

「常識に囚われず、革新を起こし続ける一流を訪れ、その哲学に触れる」というコンセプトのもと、独自取材を行うTAKANOME MAGAZINE。

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Text: Mihoko Matsui
Photo: Masaru Miura
Structure: Sachika Nagakane 

 

 

 

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