日本の美を伝え、交わりを生む“十字路” 『水尾之路』店主 村上章裕・岡本美穂子

日本の美を伝え、交わりを生む“十字路” 『水尾之路』店主 村上章裕・岡本美穂子

 三つの大きな山が聳え、瀬戸内海を臨む広島県の尾道という地は、平安時代より備後大田庄の年貢積み出しの港として栄え始めた歴史を持つ。穏やかな波に恵まれた港町として繁栄を見せ、江戸の頃には多くの豪商を生み出した。要人も文化人も、あらゆる人が行き交う尾道では、感性も研がれていくのだろう。日本の美を伝える立派な屋敷が現在に至るまで数多く残っている。そんな尾道で、ある屋敷の美しさを継承し、新たな歴史を紡ぐ人物がいる。それが、カフェと宿の2つの業態を備えた「水尾之路(みおのみち)」を経営する村上章裕氏と岡本美穂子氏だ。

 その屋敷は、かつて豪商たちが建てた 「茶園(さえん)」と呼ばれる、築80年の別荘建築だ。観光客で賑わう尾道でも、人目につかない入り組んだ路地裏にある。知らずには辿り着けないはずの立地だが、カフェは連日行列を生み、一日一組限定の宿は3ヶ月先まで予約が埋まる盛況ぶりだ。2017年10月の開業から7年、Instagramのフォロワーは9万人以上。水尾之路が織りなす「日本の美」に惹かれる人は後を絶たない。

 国内外で多くの人々を魅了し続ける水尾之路は、どのようにして生まれたのか。その道のりと「日本の美」を伝えゆく哲学を、村上氏と岡本氏に伺った。

 

▲村上章裕/水尾之路 店主
広島県尾道市出身。大学の経済学部を卒業後は大手アパレルグループに就職し、衣食住のライフスタイル全般を複合的に展開する大型店舗や、新宿伊勢丹の店舗などの運営に従事。カフェオーナーのスクールへの通学を経て大手ビジネスホテルチェーンで4年間ホテル運営に従事した後、尾道でカフェ・宿を営む「水尾之路」を開業。

 

▲岡本美穂子/水尾之路 店主
茨城県鹿嶋市出身。東京で服飾デザインの専門学校を卒業後、大手アパレルグループに就職し、女性向けアパレルブランドの店舗にて販売業務などに従事。大手ビジネスホテルチェーンで4年間ホテル運営を経験した後、尾道でカフェ・宿を営む「水尾之路」を開業。

 

建物の「佇まい」に心を射抜かれて

 

 

 入り組んだ細い路地を抜けた先に佇む、洋館付きのお屋敷。「水尾之路」の字が書かれたのれんをくぐり木戸をがらがらと引くと、「いらっしゃいませ」の声がする。1階はカフェ、2階は宿。室内は白と茶と銀で統一され、海外ヴィンテージの家具と、屋敷に残されていたという古家具や骨董品が絶妙なバランスで調和している。坪庭と縁側の窓からはおだやかな陽の光が差し、空間には凛とした静寂が漂う。カフェの客席数は4卓という限られた数で構成されており、最大でも12名ほど。満席になっても、この空間には決して喧騒が生まれることはない。

 

 

「この建物で一番好きなのは、佇まいですね。どこにいても人の気配を感じられる間取りなのに、人がいなくなると、すぐに“誰もいませんでしたよ”というような空気に戻るんです。商売には向いていない、とも言えるかもしれませんが」(村上)

 そう微笑む村上氏だが、事業を始めるにあたっては、この家を購入すること自体が大きな挑戦だったと振り返る。道路に面していない立地は客商売には不向きであるし、何より元は民家の建物である。再生工事も経験がないため、新たに事業を始めるにはいくつもの試練がある物件だった。しかし、それでも「自分たちには、ここしかない」と購入に踏み切った。

 

家が持つ“文脈”を読み取る

尾道でカフェと宿を経営するというこの業態に至った道のりも、「屋敷に導かれた」と言う他ないものであった。

 村上氏は広島県尾道市の因島、岡本氏は茨城県鹿嶋市の出身だ。東京の大手アパレルグループで働いていた際に出会い、アパレルからライフスタイルまで、国内外の有名ブランドの店舗業務を数多く経験してきた。東京での仕事を辞め、どちらかの実家に戻ろうと考えたとき、最初に思いついたのは「自らのフィルターを通して発信するライフスタイルショップを、自分たちが住む場所で営む」という形態だった。しかし、物件探しは難航した。1年間かけて店舗兼住居として出会ったのが、尾道にある現在の物件だ。

「この屋敷は変わった作りをしていて、空間が細切れになっておらず、繋がっているんです。どの部屋に行くにも、どれかの部屋を通る必要がある。完全に仕切られている空間は、洋館部分だけ。空間と空間が緩やかに連なり、常に端から端まで見渡せて気配を感じられるところは、自分たちが東京で見ていた“売り場”に近いと思いました」(村上)

 前職でも、都内一等地の売り場を担当することもあった2人。その培った経験から、「ここだ」と肌で感じ取った。そして、ライフスタイルショップから始まった事業構想は、現在のカフェと宿の2業態へと転向し、現在に至る。

 

 

「振り返ると、“自分たちが何をやりたいか”ではなく、“この建物が何を選ぶのか”ということに対して、自分たちがただ動いてきただけ、という感覚があります。家が持つ文脈から、外れないようにすることは決めていますね」(村上)

 聞けば、この屋敷の元の持ち主は、大きなお茶屋を営む本家の分家にあたるお宅の息子さんだという。隣町の下駄屋の娘さんをお嫁にもらうにあたり、建てられた建物なのだそうだ。

「本家の大事なお客様を接待するためにも使われたのか、細部まで意匠性の高いモダンな作りをしていることに加えて、当時には珍しく1階と2階の両方にお手洗いがあります。2階から外に出るにあたっても、1階の居間を経由せずに出られる動線になっている。そういう意味でも、2階は宿には適していますし、区切られた洋館部分は自分たちの寝室にするのが良いだろう、と使い方が定まっていきました」(村上)

「水尾之路は私たちが住む家でもあるので、2階の宿に連泊する方がいらっしゃると、親戚の人や下宿生が来てくれているような感覚にもなるんです。一般的な宿とも違う、特殊なあり方をしているように思いますね」(岡本)

 

 

この屋敷に住まうことで学んだ、日本文化の懐の深さ


 水尾之路のコンセプトは「十字路」。

「伝え残したい古いもの」と「伝え残るであろう新しいもの」、「地のもの」と「旅のもの」、そして「日本のもの」と「異国のもの」が交わる十字路である──と、掲げられている。

 

あらゆる人とものが交わる尾道という地とも重なるこのコンセプトが生まれた背景を聞くと、「ゆずれないことが、1つだけじゃなかった」と答えていただいた。

 

 

「会社勤めを辞めて自分たちで事業を営むことは、生半可な挑戦ではなかった。“なんとなく”でうまくいくなら良いですけど、“なんとなく”で失敗するのは嫌でした。だから、人生の後半戦をどう生きるかを突き詰めて考えたんです。そこで自分たちの好きなものを考えると、1つには絞れなかった」(村上)

 村上氏はそう言って、カフェの店内で曲線美を描くエーロ・サーリネンの白いテーブルに触れる。現在に至るまで大切にしてきた家具だということが、その撫で方からも伝わってくる。

「開業前から愛用していたサーリネンの家具にあるこの曲線が好きなのも、古き良き日本家屋の空間に身を置くことが好きなのも、どちらも自分たちなんです。この建物に合わせて、侘び寂びだけで画一化した空間を築くことも可能だとは思いますが、それでは自分たちの住居として、自分たちの嗜好が反映されていないことになる。だから、“交わる”場所にしていくことが大切なのではと思いました」(村上)

 だが、自然な“交わり”を生み出すことは決して容易ではない。あらゆる国や年代の家具や雑貨を調和させるために、色数を絞り、建具や柱、家具の塗装をはがして研磨することで、自然な色合いに馴染ませているという。自己資金を投入しての店舗兼住居であることから、「後からリニューアルをするようなことは想定せず、二度と後悔しないような選択を重ねていった」と村上氏は振り返る。そして、この「交わり」を許容する懐の深さは、日本文化の魅力であるとも語っていただいた。

「住んでから気づいたのですが、日本家屋は気密性が高くないので、外の情報が否応なしに入り込んできますよね。近所のお宅の料理の匂いや、学校の校内放送の音が入り込んでくることで、“このまちに居させてもらえてる”と感じられる。それが、すごく素敵だなと思って。日本の文化としても、海外の文化を完璧にシャットアウトするのではなく、取り入れながら文化を築いてきています。その懐の深さは魅力的ですし、そうあれたらよいな、と思いながら水尾之路を運営しています」(村上)



自らの「好き」を慎重に守り抜く


 水尾之路では、尾道名産のレモンを使用したパスタやケーキ、ドリンクなど、カフェのメニュー開発も自ら行なっている。そのこだわりを聞くと「器用ではないので、メニューの数を絞るようにしている」と、なんとも実直な答えが返ってきた。

「できるだけ身近な食材を使うようにしていて、コーヒーも地元尾道の焙煎所のコーヒー豆を使用しています。私たちが移住する前から飲んでいて、本当に美味しいなと思ったものをお客様にお出ししているんです」(岡本)

 

 

パスタやケーキも、「もしロスが出たとしても、自分たちが美味しくいただけるもの」を基準に開発しているそうだ。謙虚さを隠さない一方で、ケーキは季節ごとに旬の果物を使用したメニューに入れ替えるこだわりを見せる。内装にもメニューにも通ずる、自らの「好き」を慎重に守り抜く姿勢からは、水尾之路を水尾之路たらしめる哲学が伝わってくる。

 

▲TAKANOMEを試飲いただいたのは、岡本氏が普段からよく寛いで過ごしているという縁側。「ここで日本酒を飲みたいねと話していたのが、まさかこんな形で実現するとは思いませんでした」(村上)

 プライベートでは2人でお酒を嗜むときもあるそうだ。TAKANOMEをお飲みいただくと、第一に驚きの声を挙げていただいた。

「すごい。こんなお酒、あるんですね。とてもフルーティーで、白ワインのようにも思えます」(村上)


「お水みたいに飲みやすいですね。キリッとした感じと、やわらかさが同居しています。食事だけでなく、ドライフルーツやチョコレートなどのデザートにもよく合いそうです」(岡本)

 

 

 開業から7年目を迎えた水尾之路。今後の展望を尋ねると、次のように語ってくれた。

「現在の宿やカフェと並行することは難しいかもしれませんが、最終的には、ものを扱う事業を行いたいです。建物にある蔵は、改修は済んでいるものの、まだ事業では使用していなくて。よそのお宅に上がったときにも、蔵にお通しするのは、大体が知人関係ですよね。心の距離感として、知人の感覚であれるような方に向けて、いつか蔵で雑貨やインテリアを扱えたらよいなと思いますね」(村上)

 

 

『水尾之路』


住所:広島県尾道市西久保町15−5( google map 


営業時間:

•cafe / 定休日- (月)(火)、営業時間- 12:00〜18:00
•宿 / 定休日 - (日)(月)、第一•第三(火)


Instagram:@mionomichi

 

 

 

TAKANOME

 

F1のレーシングカーを作るとき、コストを考えながらマシンを作ったりはしない。とにかく速さのみを求めて、その次代の最高傑作を創造する。TAKANOME(鷹ノ目)の開発も、いわばレーシングカーを作るのと同じこと。「うまさ」のみを追求する信念のもと、幾度にも及ぶ試行錯誤の上で、極上の日本酒が完成した。

<販売日>

原料の米作りから製品のラベル貼りまで、全て「手作業」によって行っているため、生産量が限られています。ご迷惑をおかけしますが、週に一度のみ(毎週水曜21時〜)、数量限定で販売いたします。 

 

 

Text:Yukiko Taguchi 
Photos:Yusho Suga
Composition:Sachika Nagakane

 

 

 

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