美しいものを求めて 一流メゾンともタッグを組む建築家・板坂諭が見据える、デザインの未来

美しいものを求めて 一流メゾンともタッグを組む建築家・板坂諭が見据える、デザインの未来

建築家でありながら、アーティストであり、デザイナーでもある板坂諭氏。

その活躍は日本にとどまらず、世界中から注目を集める存在だ。
自身が設計に携わった『LOW-NON-BAR』にて、胸の内に秘めたパッションを語ってもらった。

 

▲板坂諭・1978年生まれ。大学で建築を学び、卒業後は建築設計事務所勤務を経て、2012年に建築事務所『the design labo』を設立。建築のみならず、アート、プロダクトデザインといった領域でも注目を集めている。2012年に発表した照明『MUSHROOM LAMP』は国内外から高く評価され、サンフランシスコ近代美術館にパーマネントコレクションとして収蔵された。現在はフランス・エルメス社ともデザイン契約を結び、世界をフィールドに活躍している。

当たり前のことをしているだけ

 一つの肩書きにとどまらず、建築家、デザイナー、アーティストという顔を持つ板坂氏。日本を代表する企業のオフィスから個人宅の設計まで、はたまたウィットに飛んだアート作品を発表したり、国内外の家具メーカーなどでプロダクトデザインを担当するなど、その多才さは目を見張るものがある。

 「特殊なことをやっているつもりはないんです。僕自身は大学の建築学科を卒業後、建築設計事務所に就職したので建築しか知らないのですが、建築には多くのものが含まれていると捉えるとものの見方が変わってきますよね。僕の中では、空間であれ、家具であれ、たとえお皿一枚であっても建築家が自ら責任を持って監修することは当たり前なんです」。

 話を伺った『LOW-NON-BAR』は110年前に建設された駅舎をリノベーションした施設の一角に構えるノンアルコールバーだ。110年前のレンガの重みを生かしつつ、オーセンティックな空間でドリンクと会話を楽しんで欲しいというオーナーの想いを受けて設計した。

 

 

「この壁に合わせる机はどのようなものがいいか、素材は? 色は? デザインは? と考えていくと世界がどんどん広がっていく。いくら美しい空間をつくっても、そこに置かれるインテリアやグラフィックがちぐはぐであれば結果的に美しいものにはならないですよね」。

 それはデザインであれ、アートであれ、全てが繋がっているという。

 「つくるもの、見る人によって僕の見方はかわるかもしれませんが、自分としてはものづくりという線上にあることをしている。ものをつくるということに興味があるんです」。

 続けて「機会があれば、音楽だってつくってみたいし、映画だってつくってみたいですね。ただ、自分にはそういうセンスがないから手を出していませんが」と笑う。

 

長く残るものに魅力を感じる

そんな板坂氏がものづくりをする上で大切にしていること、それは、長く残るものをつくることだという。

 「法隆寺は1300年以上も残っているうえ、今でもなんの問題もなく美しい。長く残っているものが魅力的に見えて、そういうものづくりに携われる仕事はなんだろうと考えたときに、自分の手の届くところにあったのが建築でした」。

 人間の寿命は短いが、つくったものは長く残すことができる。建築を目指すきっかけも続けているのも、長く使ってもらえるもの、残るものをつくりたいという理由からだ。

 

「これは揺るがないものとしてありますね。ものをつくる人間の責任であり、そういうものを生み出さないといけないと考えています」。

 伝統工芸の中には、神業のような、考えられないようなものがあるという。さまざまな技術が発達し、情報も比べられないほど溢れているのに、今つくったものが300年前の人がつくったものより劣っているということも。そんなときは心から悔しいし、意識を変えるきっかけにもなると話す。

 そんな板坂氏のものづくりの根底には、日本文化が大きく影響している。記憶に新しいのはパソナグループの淡路島オフィス。その土地の歴史から日本神話を基にデザインした。

 「日本には八百万の神がいて、さまざまなものに神が宿っていると考えられていますよね。僕は日本人なので、意識する・しないに関わらずその精神性がデザインに影響していると思います。建築で言えば現代の西洋建築は1/50、もしくは1/100スケールの図面が使われていますが、日本は1/1です。圧倒的に情報量が違うんですね。多くの神様が宿っているという意識でものと対峙するのですごく細かく、深いところまで考えます。これってものに対する愛情がないとできないと思うんです。建築に限らずものづくり全般的に、緻密さやものに対するストーリーのつくり方は、日本人の方が優れているように思いますね」。

 

エルメス社との出会い

そして、その姿勢が一つの実を結ぶ。それはフランスのビッグメゾン・エルメス社での仕事だ。エルメス家出身のパスカル・ミュサール氏が始めたエルメスの「プティ アッシュ」という新ラインで展開するプロダクトとして金継ぎを提案。そして見事採用された。金継ぎとは、漆を使って割れたり欠けたりした陶器を修復する、日本の伝統技術だ。

エルメスでは食器の扱いもあるが、どれだけ熟練した職人であっても手作業である以上、エラーは発生してしまう。少しの欠けはもちろんのこと、手描きのラインのブレが人間の目で見ても分からないほどだったとしても、途端にB級品とされ、商品棚に並べなくなってしまう。サステナブルかつエシカルな観点から、そんな現実を改めたいと考えていたエルメスと板坂氏のアイディアが一致。金継ぎなら、これまでB級品とされたものでも蘇らせることができ、見方によってA級品以上の価値を創造することができる点が評価された。

そして2021年に新しく手がけたのはバンドエイドアクセサリー。絆創膏の形をしたレザー製の取り外し可能なステッカーだ。

「バッグなどをつくった後に残ったレザーを使用しています。これまでは廃棄されていましたが、あまりであっても上質なレザーですし、まだ利用できるのに捨てられてしまっては牛も本望ではないでしょうから」。

例えばレザーのバッグについてしまった傷に貼れば、傷を隠しつつ印象を変えることができ、また新鮮な気持ちで付き合っていくことができる。パソコンのWebカメラに貼ればプライバシーの保護になる。実際に怪我を治すことはできないが、エルメスらしいチャーミングなやり方で、ものを大切に使う楽しさや、長く使う良さを伝えている。

「エルメスの仕事は毎回おもしろいですね。歴史があって、先代に対する誠意を持ちながら、それでいて今の時代にあった、誰が見ても上質なものづくりを続けている。非常に奥が深くて、刺激的です」。

現状に満足せず、チャレンジし続ける

 日本文化を大切にしながら世界をフィールドに活躍する板坂氏に、今の日本のものづくりはどのように写っているのだろうか。

 「日本は世界のさまざまな国と比べると平和で裕福です。もちろん、それは悪いことではないのですが、長い目で見たときに今の平和な状態がある意味危機を招くことになるのでは、と思っています」。

 板坂氏の事務所のスタッフは日本人より外国人のスタッフが多いというが、それには理由がある。

 「扱えるアプリケーションの量やスピードが違うし、語学も3~4ヶ国語話せたりします。食べるため、生きるためには国を出て海外で働くしかないと腹を決めた人のエネルギーや能力の磨き方は日本人と全然違う。この現実をまずは、日本の教育者が意識しないといけないと思います」。

 今現在の日本の建築やデザインが優れていたとしても、10年後、日本で学んだ学生たちが自国に戻ってその能力を発揮し始めたときに、果たして同じことがいえるだろうか。

だからこそ、板坂氏は動き続ける。

「この秋、オランダで僕の作品集が出版されます。そのタイミングで行われるダッチ・デザインウィークというデザインイベントでも展示をすることになっています。これからは日本の仕事を勢いづけるためにも、海外に拠点を持ってさまざまなエッセンスを取り込んでいきたいと考えています」。

 

オランダは、支援を受けるには多くの厳しい条件があるものの、アーティストに対する公的支援が手厚く、活動するための環境が整っている。文化の発信という点では先進的な取り組みを行っている国だ。

「とにかく不思議なデザイナーを排出しているんですよね。僕もそこに足を踏み入れて、果敢にチャレンジしていきたい。オランダからヨーロッパ全体に、そして世界に日本の美しいものを広げていきたいですね」。


TAKANOMEは香りが高くて驚きました。また、化粧箱も含めてデザインが美しいですね。

 

 

「常識に囚われず、革新を起こし続ける一流を訪れ、その哲学に触れる」というコンセプトのもと、独自取材を行うTAKANOME MAGAZINE。

TAKANOMEの哲学である『常識に囚われない「うまさ」のみの追求』という視点で一流の哲学を発信し、読む人たちの人生を豊かにすることを目指します。

撮影協力
LOW-NON-BAR
TEL 03-4362-0377
東京都千代田区神田須田町1-25-4
マーチエキュート神田万世橋 1F-S10

Interview: Mihoko Matsui
Text: Miyo Morikuni
Photo:Masaru Miura
Structure: Sachika Nagakane

TAKANOME

F1のレーシングカーを作るとき、コストを考えながら車を作ったりはしない。とにかく速さのみを求めてその時代の最高の車を作る。TAKANOME(鷹ノ目)の開発もいわばレーシングカーを作るかのようにとにかく「うまさ」のみを追求するとの信念のもと、幾度にも及ぶ試行錯誤の上で完成した、極上の日本酒。

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