気取らず自由、心惹かれる益子焼 vol.01

気取らず自由、心惹かれる益子焼 vol.01

 常識に囚われず、革新を起こし続けてきた一流たちのスピリットを発信し、さらなる『文化の発展に貢献したい』との思いで立ち上がったTAKANOME MAGAZINE。

今回から2回にわたって、多彩さが魅力の益子焼を紹介する。

 

今や世界的にも知られている益子焼。その歴史は江戸時代後期、茨城県の笠間で焼き物を学んだ大塚啓三郎が、益子町で焼き物に適した粘土を発見したところから始まったと言われている。焼き物の需要が高い東京からの交通の便が良いことから販路が発展し、昔はすり鉢や甕などの家庭用の雑器の多くは益子で作られていたそうだ。

その後、人間国宝にも認定された浜田庄司氏が益子を訪れた際、その素朴な美しさに魅了され、益子に移り住んだ。手仕事で作られた日用品の中に「用の美」を見出す民芸運動の中心人物でもあった浜田氏は、益子焼にも多大な影響を与え、数々の名品が生まれ「益子焼」の名前が広まっていった。

 現在活躍中の作家に「益子焼とはどのようなものか」と聞くと口をそろえて「一概には言えない」と話す。益子焼は益子町の土が持つ素朴さに、それぞれの作家が思い思いに手を加え、出来上がった作品はみな個性的で共通性を見つけるほうが難しいほど。

各地方から益子焼作家を目指す人が集まるため、窯業技術支援センターなど、作家を志した者を迎え育てるという環境も整っている。

創業150年を超える益子最大手の窯元「つかもと」では、外部の陶芸志願者を受け入れる「研究生制度」を設け、若手作家が益子の地に根をはるあしがかりとなり、加守田章二氏など多くの有名作家を排出してきた。

 その「つかもと」で作品を取り扱っている数多くの益子焼作家から、TAKANOME MAGAZINEがその作風にひきつけられるものを感じた2名の窯元を訪れた。