華道と日本酒──伝統産業に携わる辻雄貴氏と平野晟也氏が考える「日本文化の未来」

華道と日本酒──伝統産業に携わる辻雄貴氏と平野晟也氏が考える「日本文化の未来」

江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜が大政奉還の後、20年ほど居住していた屋敷跡として知られている、静岡県の老舗料亭「浮月楼」。そんな浮月楼の庭園に咲き誇るソメイヨシノ(染井吉野)を極上の空間や料理によって、さらに魅力を引き出し、最上のお花見体験を提供するイベント「春の園遊会 花の宴 染井吉野」が2021年4月7〜10日にかけて開催されました。

私たちForbulは「うまさ」のみを追求した最高品質の日本酒「鷹ノ目」を提供。また空間デザインは、世界で活躍する華道家・辻雄貴氏が担当。“庭が呼応する桜“をテーマに空間を構築し、高さ3mを超える特大の桜のインスタレーションも展示されました。

華道と日本酒──ジャンルは異なりますが、日本の伝統産業に身を置く2人は日本の文化、伝統産業の現状をどのように捉え、そしてどう変えていこうとしているのか。弊社代表の平野晟也が華道家の辻雄貴氏と共に日本の文化、伝統産業について語り合いました。

辻 雄貴氏:1983年 静岡県出身。株式会社辻雄貴空間研究所代表取締役。 2013年、フランスにて「世阿弥生誕650年 観阿弥生誕680年記念 フェール城能公演」の舞台美術を手がける。 2015年静岡とフランス、カンヌとの文化交流事「シズオカ×カンヌ×映画祭」では、アーティスティックディレクターに就任。 2016年、ニューヨーク カーネギーホール主催公演にていけばなを披露。カーネギーホール史上初の華道家となりました。

地域の課題「自分たちの特異性に気づけていない」

平野:今回、辻さんが演出を手がけられた「花見席」はとても印象的でした。改めて、浮月楼で空間演出をすることになった経緯を教えていただけないでしょうか?

辻:浮月楼のビジョンに共感した、というのが大きな理由ですね。現在の浮月楼の代表取締役社長である久保田耕平さんは「日本の文化である“庭”を世界に伝えていきたい」という考えを持たれていて、その考えを具現化するのがとても面白そうだと思いました。その一方で、僕は静岡県富士市出身なのですが、静岡県は非常に勿体ない場所だと思うんです。

平野:勿体ない……ですか?

辻:静岡県は非常に自然豊かな場所です。ただ、その自然を生かしつつ、人間のクリエイティビティを融合させた文化づくりはエッジ立てて出来ていません。静岡の人たちを敵にに回してしまうかもしれませんが、少し眠いと言いますか……全然洗練されていない。

ただ、静岡県には自然と人間の共生による文化づくりを極限まで洗練させている京都府と同じくらいの自然の恵はある。個人的には静岡県の自然をどういう風に伝えていくか、ブランディングのやり方次第では面白いことができると思っていたんです。

これは決して静岡県に限った話ではなく、他の地域もそうだと思います。自然は豊かなんですけど、自分たちが持っている特異性のに気づけていないところが意外と多い。

平野:特に日本人はその傾向が強いと思います。良くも悪くも謙虚と言いますか、自分たちの文化の良さを認識して、それが強みだと理解できない国民性が刷り込まれてしまっている。その結果、海外の人たちがが「日本の文化は良いよね」と口にし始めると、それに従って「自分たちの文化は良いものなんだ」と認識していく流れがあると思います。

辻:外の人たちから言われて、自国の文化の特異性、良さを再確認するのは良いことだと思います。その一方で、自分たちが主体となって、客観性を持ちながらどこが良いのかを分析し、エッジを立ててブランディングしていったり、翻訳して世界に伝えていったりすることも同時にすごく重要なんですよね。これは日本全国に言えることです。

日本酒業界が抱える「製造」以外の課題

平野:辻さんが先ほど仰っていた“自然の良さ”を生かす考え方は、もともと勉強されていた“建築学”にも通じるものがあると思います。建築物を例に話すと、ヨーロッパの建築物は統一性があります。だからこそ美しく見えますし、また各都市で屋根が異なるなど、土地ごとの良さや多様性を保っているような気がします。

辻:そうですね。例えば、教会など街のシンボルとなる建物はミケランジェロなどの天才的な建築家がつくるのですが、街並みは建築家の表現が周りの表現とどう調和しているかをベースに表現していくんです。

これは生け花も同じで、芸術家の岡本太郎さんのように“自分の個性”を突き詰める考え方もあると思いますが、自然の良さを引き立たせるために自分の創造性を謙虚に使うという考え方もある。人間にできることは限られていますが、自然には人智を超えた壮大なパワーがあり、そこに自分の創造性を生かすことは日本の良さだったと思います。

自然、素材の良さを引き立てる──これはお寿司や建築、生け花もそうですが、日本酒も同じ考え方だと思います。平野さんの考えはいかがでしょうか?

平野:私たちForbulと創業200年の老舗酒蔵「はつもみぢ」が共同開発した日本酒「鷹ノ目」は“うまさ”だけを追求し、効率や生産性は無視しています。

例えば、徹底的にこだわったのが原材料です。酒米は数ある酒米の中でも、大変優れた特徴から「酒米の王様」と呼ばれる希少な酒米「山口県産-山田錦」を100%使用。また、水も山の奥から涌き出る、数十年の年月をかけて自然がろ過した命の水「伏流水」を使用しています。自然、素材の良さを引き立てることは強く意識しています。

実際に「鷹ノ目」を開発して感じたのですが、日本の人も海外の人も高品質な価値ある日本酒の存在をまだまだ知らない。やはり世界を見ても西洋文化の影響は強く、ワインなどがたくさん飲まれるようになった結果、今の日本の若者たちも一番最初に何のお酒を選ぶかといったときに、ワインなど西洋のお酒を選んでしまうんです。

日本にこれだけ高品質な日本酒があるにもかかわらず、その価値を伝えられていない。その背景には価格面やデザイン、世界観など製造以外の部分に課題があると思います。

杜氏はすごく良い日本酒をつくるのですが、それ以外の部分で甘いところがある。そこを日本酒ベンチャーである私たちが担っていきたい。私たちはよく「伝統と革新の融合」という言葉を使っているのですが、酒蔵さんには伝統を意識してもらいつつ、日本酒ベンチャーである私たちが革新的なことをやっていかなければいけない。だからこそ、既存の販売方法に捉われず、流通をオンラインでのネット販売に限定しています。

自然の力を捕まえた偶発性を大切

辻:伝統は“革新”の延長線上にあるものだと思っていて。例えば、長いスパンで見ればいまやっていることは革新なのかもしれないですけど、100回革新をチャレンジして、その中で1回良いマスターピースや傑作が生まれると、それが点となって伝統になっていく。

だからこそ、現在の日本の伝統的な知的な体験はトライアンドエラー繰り返しながらできた傑作を集めたものだと思っています。日本の建築や彫刻の世界観を見ても、計画してできたものはあまりないと言うか、何かやってみて「これはヤバい」となったものが傑作になっている気がしていて。多分、日本酒も発見で作られた要素も多いのではないかと思います。

平野:計画性を持って「これを作ってみよう」というよりかは、「ちょっとやってみたら、こんなお酒ができてしまった」みたいなものはけっこう多いと思います。

辻:それも自然の力だと思うんです。パッと頭の中に生まれた考えも自然の力によるもので、それを捕まえる力もすごく必要だと思います。デザイン教育の現場でよく言われるのですが、西洋発祥のブランディングやエンジニアなどの考え方は資本主義から生まれた合理的なモノの考え方です。それで都市のデザインも決まっているのですが、木造の建築は一つひとつ木の形も違うし、うねりもある。それを事前に計画することはできません。

日本人はその場に降り立ってみて、偶然性を捕まえる頭の使い方、知の持って行き方が非常に高くて、海外の人はそれをできないと思います。ルールはとにかく自然の良さを引き出すだけ。それが日本のパワーだと思うんです。

平野:海外は合理的な発想のもと、最初から最後までテンプレート化していくのが上手だと思うのですが、辻さんがやろうとしているのは思想の部分を伝えていくこと。思想をベースに自由にやってもらう、という形なのかなと思います。

辻:それが若い人たちには響くと思っていて。今は閉塞された「こうでなければいけない」という社会的な圧力が多い。そうした中で自然の良さを引き出すというルールのもと、それぞれの個性を使っていいという形になると自由にお花を生けられる。日本酒もそういった考えと一緒に日本酒の文化を広められる何かがあるんじゃないかと思っています。

平野:日本酒業界のことを詳しく知らないからこそ生み出せる価値があると思っていて。既存の固定概念にとらわれないという「鷹ノ目」のベースはそこにあります。

日本酒業界も長い歴史があるので「こうあるべきだ」「こうするべきだ」という年配者の意見が強いため、何十年も仕組みが変わっていないというのが多い。それをベースに日本酒をつくっているから、業界になかなか変化が起きてこない。それに対して、外部の人間や若者が「これはおかしい」と言って改革していくことも大事なんじゃないかと思います。

辻:上の世代には「変わってないよ、変わってないよ」と見せながら変えていき、若い世代には「革新だよ」と言って変えていく。両方の側面を持ちながらブランドをつくっていくというのが、日本の文化をリブランディングするには必要だと思っています。

日本の文化は今後どうあるべきか?

平野:今後、日本の文化を世界に発信していく上で何が重要になりますか?

辻:攻めと守りの感覚はあって。これまでは日本人が海外に出ていって、日本の文化を伝える表現をして帰ってくるというのが、一般的だったと思います。ただ、日本にしか見れないものをつくり、海外から日本に来るようにするにはどうすべきかを最近は考えています。

例えば、浮月楼に足を運んで、その特異性に一番驚くのは海外の人じゃないですか。“守りは意外にも海外に足を運んでプロモーションすることで、僕が考える“攻め”は本物を見たかったら、日本においでというものです。そのときに、表現すべき場所は都市ではない気がしていて、地方特有の消え行きそうな文化とか、そういうところにある気がします。

江戸時代から伝承される「しみず芸妓」の舞

平野:ただ、海外の人が好きな文化と日本人が好きな文化はギャップがあるじゃないですか。海外の人たちが好きなのは日本らしさ、日本特有のものだと思うのですが、今の若い世代の人たちはそうではないと思っていて。それをどっちに合わせるか。

辻:そうしたときに翻訳、編集力が重要になります。海外に行ったときに分かりやすい表現は重要で、海外の文化で日本を表現する。日本にある植物を持っていかず、海外にある植物を生花で生けることで室礼を表現したり、空間を表現したりできるどうか。

そこから海外の人たちが「面白い」となって、日本を知りたい欲求が高まってくると、どんどんレベルが上がってくると思う。そうなったときに、日本の真髄を少しずつ見せていく。

平野:入れば入るほど、もっと深くなっていく。

辻:今の日本は「自分たちの文化はこうなんです」と、10個言いたいことあったときに、それを平面的に10個伝えてしまっているので、勿体ない。そこの奥行きはつくっていかなければいけないと思います。

平野:そういう意味では「鷹ノ目」は精米歩合非公開にし、「うまさのみの追求」というコンセプトしか掲げていません。どんな人にも「美味しい、だから飲んでみよう」と手にとってもらえるような形でしかメッセージを発信していません。

それで飲んでいくと、「鷹ノ目のことをもっと知りたい」と感じるようになる、そういう人には僕らの作っている背景や、どういった思いでつくっているとか、そういった思想の部分まで感じてもらえるようになっていけばいい。とはいえ、さらに奥の思想については、今後ブラッシュアップしていかなければいけない課題だと思っています。

辻:例えば茶道には「和敬清寂」の精神がありますが、あれはどういうプロセスでお茶を運ぶと、より深く感動させられるかという考え方です。点てたお茶を「美味しいでしょ、美味しいでしょ」と言っても、美味しさは増さない。

そうではなく、相手に気づかせることがすごく重要じゃないですか。相手が感動する状態はある程度つくりつつ、相手に気づかせる御膳立てをどうプランニングするか。そこがすごく重要です。空間や自然をどう取り込むかと似てるんですけど、そういった余韻がお客様を感動させる、深く入り込ませるための仕組みなんだと思います。

そういう意味では「鷹ノ目」の切り口は面白いな、と思いました。

平野:実際に「鷹ノ目」を飲んでみたとき、どう思われましたか?

辻:味わいに関してはマスに届けようとしていないな、と感じました。お酒だけで完結するような日本酒ではない気がして、何かを組み合わせることで可能性が広がるお酒。何か足りないというものが減点ではなくて、何かと何かを混ぜ合わせるひとつのパーツが「鷹ノ目」なんです、という感覚がありました。だからこそ、「鷹ノ目」は組み合わせのディレクションやセンスがすごく重要な気がしています。

平野:「鷹ノ目」を購入してくれるお客様までを想定した上で何と組み合わせるのが良いのか、どういう空間で提供できるか。そういう編集力、ディレクションを付加価値として、私たちが手がける日本酒は販売できるのではないかと思います。

「鷹の目」が圧倒的な成功モデルをつくることによって、他の酒蔵さんも「ああいう風にすればいいんだ」と僕たちのことを真似をする。それが日本酒業界だけでなく、他の伝統産業にも付加価値の付け方が伝播していき、日本の文化の底上げをしていきたい。